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水戸地方裁判所 昭和33年(行)26号 判決

原告 宮本金左ェ門

被告 土浦税務署長

訴訟代理人 河津圭一 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告の昭和三十年度の農業所得税の確定申告に対し被告が昭和三十一年十月一日(請求の趣旨に十月十一日とあるのは十月一日の誤記と認める)付の更正決定通知書をもつてなした更正決定(課税額二万九千六百五十円過少申告加算税千四百五十円)はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は茨城県新治郡出島村大字安食一、九七九番地において農業を営み、昭和三十年度は原告名義の田六反七畝三歩、普通畑二反七畝二十四歩、桑畑五反を耕作したものであるが、同年度(以下係争年度という)の所得税について昭和三十一年三月十五日総所得金額を二十七万五千六百円(農業所得)所得税額を零と確定申告した。

二、ところが、被告は原告の同年度の所得総額を四十万二千二百二十九円、課税所得金額を十三万九千七百円、納税額を二万九千六百五十円、過少申告加算税を千四百五十円と更正し、昭和三十一年十月一日その旨原告に通知した。

三、原告は右更正決定に対して異議の申立をしたところ、昭和三十二年一月十二日付で異議棄却の通知を受けた。そこで原告は同年一月二十六日関東信越国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同局長は昭和三十三年七月三十日付審査決定通知書をもつて右請求を棄却する旨の通知をし、右通知書は同年八月一日原告に到達した。

四、然しながら被告が前記の如く更正決定をもつて本件係争年度の原告の総所得金額を四十万二千二百二十九円、課税所得金額を十三万九千七百円と決定したのは、原告と全く独立して生計を樹て原告の母訴外宮本さだ名義の田一反八畝九歩、原告、原告の租父金之介及び父金名義の普通畑二反七畝十歩、煙草畑二反四畝二十七歩を耕作し農業を営んでいる原告の二男訴外宮本英雄が本件係争年度の所得として申告した十三万四千円を原告の所得としてこれに合算したことによるもので違法な所得の算出であるから右更正決定の取消を求める。

被告指定代理人らの後記主張に対し

一の事実は否認する。但し、原告主張の耕作地から得た農業所得と原告主張の宮本英雄の耕作地から得た農業所得とを全部原告の所得として計算すれば原告の総所得金額が四十万二千二百二十九円、課税所得金額が十三万九千七百円、課税額が二万九千六百五十円となることは認める。

二の(一)の事実のうち、被告主張の家敷内にその主張のような居宅及び浴室がある事実は認めるがその余の事実は否認する。訴外宮本孝喜名義の居宅は、従来古い隠居室があつて、そこにさだが隠居していたのを昭和二十七年に改築してさだが引続き居住し、次いで英雄がさだと同居して原告と別個独立の世帯を営んできたものである。

同(二)ないし(四)の事実は争う。

同(五)の事実のうち安飾農業協同組合及び常陽銀行石岡支店に被告主張のような英雄及び原告名義の口座が設けられている事実、右各預金取引が同一印鑑によつてなされている事実は認めるがその余の事実は否認する。

(六)の事実のうち、被告主張のような取引関係があることは認めるが、その趣旨は被告主張のようなものではない。

と述べた。

被告指定代理人らは主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実中一、(但し耕作反別を除く)ないし三の事実は認める。四の事実のうち英雄及びさだの身分関係及び英雄の所得として申告した分を原告の所得としてこれに合算して更正決定をした事実は認めるがその余の事実は否認する。

一、本件係争年度における原告の耕作面積は田八反五畝九歩、普通畑四反五畝十歩、煙草畑二反四畝二十七歩、桑畑五反九畝二十四歩(原告主張の耕作面積と原告が英雄の耕作地であると主張する土地の面積とを合算したもの)であつて、右土地の農業所得の総所得金額は四十万二千二百二十九円、課税所得金額は十三万九千七百円、課税額は二万九千六百五十円である。

二、原告は英雄が原告と独立して農業を営みその主張の土地を耕作していると主張するが、英雄は原告の家族の一員として農業に従事しているものであつて、この事実は次の事実によつて明らかである。

(一)  原告はその肩書地の家敷内において従前から木造瓦葺平家建居宅一棟四三・五坪、木造杉皮葺平家建浴室二坪及び長男訴外宮本孝喜名義の木造セメント瓦葺平家建居宅一棟八・五坪を所有し、英雄及びさだと共に右各居宅に居住し、かつ右浴室を利用している。

(二)  英雄は田畑はおろか農業経営に必要な設備及び道具を所有していないし、原告が英雄の耕作地と主張する前記土地を含む原告方耕作地を英雄を含む原告方家族が共同で耕作している。

(三)  英雄は居村の農業協同組合員ではない。

(四)  煙草畑二反四畝二十七歩は昭和二十六年以降英雄名義で耕作許可になつているが、右は昭和二十五年十月原告が専売法違反に問われて耕作許可資格を失つたため以後英雄名義で耕作許可を受けて耕作するの止むなきに至つたことによるものであつて、英雄は真の耕作者でないことは右の経過と同人が当時十八年に過ぎず、また煙草耕作に必要な設備道具を所有せず原告も依然右煙草耕作に従事している事実によつて明らかである。

(五)  安飾農業協同組合に原告名義とは別に英雄名義で普通貯金が設けられており、また常陽銀行石岡支店に同人名義で普通預金口座(昭和二十八年十月十五日取引開始)が設けられているが、右各預金取引はすべて同一印鑑によつて行われている。

右事実によれば英雄名義の預金等は同人が独立して農業を経営しているよう装うためにされているものである。

(六)  原告は農業経営に必要な物資や生活物資を農業協同組合から購入する他は大部分訴外斉藤宗二郎商店、同貝塚市太郎商店及び同貝塚藤助商店から購入しているが、右三店との取引はすべて原告の名で行われており、その取引の内容からみても原告と英雄が別個に農業を経営し、独立の世帯を営み、必要物資を各自購入しているとは認められない。

三、以上の次第であるから、英雄は原告の家族であり独立の営農者として所得を得ているものではない。

したがつて、被告が前記各田畑を耕作して得た所得全部を原告の農業所得としてこれに所得税を課したことは何等違法はない。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、原告が肩書地において農業を営んでおり、昭和三十年度の総所得金額を二十七万五千六百円(農業所得)所得税額を零として確定申告をしたこと、ところが被告は原告の同年度の総所得金額を四十万二千二百二十九円、課税総所得金額を十三万九千七百円、課税額を二万九千六百五十円、過少申告加算税を千四百五十円と更正決定をし、昭和三十一年十月一日その旨原告に通知したので、原告は右決定に対し異議の申立をしたところ、原告主張の日異議は棄却せられたので、更に昭和三十二年一月二十六日関東信越国税局長に対し審査の請求をしたところ、同年七月三十日付審査決定通知書をもつて右請求も棄却せられたことおよび原告主張の本件係争年度における原告の耕作地から得た農業所得と原告主張の訴外宮本英雄の耕作地から得た農業所得とを全部原告の所得として合算すれば、原告の総所得金額が四十万二千二百二十九円、課税総所得金額が十三万九千七百円、課税額が二万九千六百五十円となることはいずれも当事者間に争がない。

二、よつて訴外宮本英雄が本件係争年度において原告と独立して生計を樹て訴外宮本さだ名義の田一反八畝九歩原告、原告の祖父金之介及び父金名義の普通畑二反七畝十歩煙草畑二反四畝二十七歩を耕作し農業を営んでいたかどうかについて判断する。

(一)  成立に争のない甲第一、第二号証、乙第一号証及び証人丸山隆の証言を綜合して認められる英雄は昭和七年十二月二十七日生れで原告の二男であり、さだは明治十八年八月一日生れで原告の母であつて、右両名は従来住民票上世帯主原告と同一世帯として登録されていたが、本件係争年度後である昭和三十一年十月一日に至り原告の世帯から分離して別世帯として登録した事実。

(二)  成立に争のない乙第二号証及び証人丸山隆の証言を綜合して認められる、原告は安飾農業協同組合に対し昭和二十四年八月から昭和三十三年十一月までの間十一口の出資口数を有して右組合の組合員であつたのに対し、英雄は右組合に対し出資口数を有しておらず組合員でなかつた事実。

(三)  成立に争のない乙第四号証の一、二及び証人杉田三郎の証言を綜合して認められる、本件係争年度において英雄はその名義の農地を全然所有しておらずまた農業に必要な道具も所有していなかつた事実および英雄が起居していると主張する木造セメント瓦葺平家建十八・五坪には本件係争年度当時特に炊事場、浴室等の設備がなかつた事実(もつとも以下いずれも当事者に争のない英雄方居宅、井戸、炊事場兼風呂場の写真である甲第六号証の一、同人方炊事場の写真である同号証の二、同人方風呂場の写真である同号証の三、原告方炊事場の写真である同第七号証の一、原告方風呂場の写真である同号証の二及び証人宮本英雄の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、現在英雄と原告とは居宅、井戸、炊事場、風呂場等を別にしている事実が認められるが、本件係争年度当時も同様であつたとは前記認定に供した資料に照らして認められない。)、

(四)  当事者間に争のない安飾農業協同組合に原告名義とは別に英雄名義で普通預金口座が設けられており、また株式会社常陽銀行石岡支店に英雄名義で普通預金口座(昭和二十八年十月十五日取引開始)が設けられているが、右各預金取引はすべて同一印鑑によつてなされている事実。

(五)  成立に争のない乙第七、第八号証及び証人丸山隆の証言を綜合して認められる、原告方附近で物品販売業を営む斉藤宗二郎及び同貝塚市太郎は英雄に対する商品の掛売(前者については昭和三十一年五月以降、後者については昭和三十三年一月十四日以降)をすべて原告の取引口座に記帳している事実。

(六)  成立に争のない乙第九号証及び証人丸山隆の証言を綜合して認められる。原告方附近で物品販売業を営む貝塚藤助の昭和三十三年中における原告に対する商品の売掛代金の一部を英雄が支払つた事実。

(七)  前認定のように本件係争年度の頃は英雄は二十三歳であり前記甲第一号証、証人宮本英雄の証言によれば末だ独身であつたことが認められるので独自で農業を営むに充分な知識経験を有していたとは認められず、一方さだは本件係争年度の頃は六十九歳の高齢に達していたので、本件係争年度当時英雄と共に農業を営むに必要な体力を有していたとは認められないこと。

以上各認定の事実と前記乙第四号証前記証人丸山隆、杉田三郎の各証言および本件弁論の全趣旨を綜合すること、訴外宮本さだ名義の田一反八畝九歩普通畑二反七畝十歩煙草畑二反四畝二十七歩の耕作は英雄、さだのみでしたのではなく、原告夫妻も共同して耕作し或は葉煙草の撰別などをし右土地から得た収益は原告が享受していたものと認めるのが相当であつて、英雄がさだと共に原告と独立して生計を樹て右土地を耕作してその所得を得ていたものとは認められない。右認定に反し原告主張の事実に副う証人宮本英雄、同宮本さだ及び原告本人の供述は前記認定に共した資料に照らして信用できないし、その他、右認定を覆えし原告主張の事実を認めるに足る証拠はない。もつとも成立に争のない甲第三号証(借用金証書)には昭和二十九年一月十一日英雄名義で訴外株式会社常陽銀行から金七万円を原告連帯保証の下に借受けた旨の記載があり、同第四号証の一、二には英雄が昭和二十九年以降煙草耕作許可を受けた旨の記載があり、また同第五号証(領収証)には石岡たばこ耕作組合が昭和三十年十月五日英雄から組合費肥料代諸材料代等の支払を受けた旨の記載があるけれども、成立に争のない乙第十号証及び証人丸山隆の証言を綜合すれば原告は昭和二十五年度には煙草耕作の許可を受けていたが、同年十月二十六日煙草専売法違反に問われたために前記のように昭和二十九年以降は英雄名義で煙草耕作許可を受けたものであることが推認され、また原告本人尋問の結果によれば、右七万円の貸借は煙草乾燥場を建てる資金として借受けたものであるが、煙草耕作名義人でなければ銀行より煙草乾燥場建築の資金を借受けることができなかつたことが認められ、したがつて煙草耕作組合に対する諸経費の納入がすべて煙草耕作許可を受けている英雄名義でなされることも当然であるので右各書面の記載は何等右認定の妨げとなるものではない。

また成立に争のない甲第九号証(耕作証明書)によれば、出島村農業委員会が昭和三十二年一月二十一日付で宮本英雄が田一反八畝九歩畑三反十五歩を耕作している旨証明しておることが認められ、成立に争のない同第十号証(安飾農業協同組合の証明書)によれば、原告が昭和三十年度供出登録など宮本英雄と別途にしたことが認められるので、英雄は右田畑については原告と独立して耕作していたかのように見えないでもないけれども、前記乙第四号証の二によれば、農業委員会の耕作台帳は、実質的に調査することなく本人の申告により作成されるものであることが認められるので農業委員会の耕作証明は必ずしも真実を伝えるものではなく、前認定の事実に徴すれば、原告と英雄とは別個独立の生計を営んでいるような外観を作るために、英雄が農業委員会に右田畑を耕作している旨の届出をなし、したがつて供出登録も別個にしたものと推認するのが相当であるから右各書面の記載も右認定の妨げとなるものではない。

そして原告の主張する宮本英雄の耕地田一反八畝九歩普通畑二反七畝十歩煙草畑二反四畝二十七歩から得た農業所得を全部原告の農業所得に加算して計算すると、原告の総所得金額四十万二千二百二十九円課税所得金額十三万九千七百円課税額二万九千六百五十円となることは前記のように当事者間に争いのないところであるから、被告が本件係争年度に関して原告と宮本英雄とは同一生計を営んでいたものと認定し、原告の本件係争年度に対する前記確定申告に対し、原告の総所得金額四十万二千二百二十九円課税所得金額十三万九千七百円課税額二万九千六百五十円過少申告加算額千四百五十円と更正決定したのは相当であつて何等違法はない。

叙上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 入倉卓志)

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